話し方が子どもっぽいとよく言われる

先日、友だちに電話をしたときのことである。普段友だちと電話で話すということは滅多にない。メールが専らだからである。だから友だちと電話なんてとても新鮮なことだった。だがまぁ僕は普通に電話したつもり。ところがだ、電話の後に直接会ったらこんなことを言われてしまった。「お前、子どもっぽい話しかただな」って。

確かにそうかもしれないと思ってしまった。電話の切り際に「ばいばーい」だなんて、小学生かって。でもまぁ、別に良いではないかとも思うのだが、人によっては良い歳した男が「ばいばいーい」なんて言ってると変に思うのかもしれないな。友達とは付き合いが長いから笑い話ですんだが、それほど親しくない人だったら「うわ、なんだろあの人?」ってなりかねないかも。というかそれほど親しくなかったら僕も「ばいばいーい」みたいなことは言わないけどさっ。

そんな電話の子どもっぽさはともかく、それ抜きでも僕は子どもだろうな。あるところで大人の階段を見事に踏み外していると分かっているからね。それがどんなところかは深い話なのでここではできないが、「あぁ、僕は大人になりきれないな」と確信した出来事だった。だったら子どもらしく生き行こうではないかと開き直った。それが今の僕であり、個性となっているので後悔はない。勘違いはしないでもらいたいが、大人的な付き合いは仕様と思えばできるし、仕事だってしてるからね。

僕がもし今後大人になるとしたら、それは結婚した時かなって思う。さすがに養う人ができたら大人にならざるを得ない。子どもが生まれたらなおさらだ。大人の階段を登るチャンスは、結婚の時が2度目だろう。さすがにそのときも踏み外したら僕はピーターパンにでもなるしかない。

まぁ、その階段もまだまだ先だろうな。結婚は30代中盤から後半ごろって考えてるからね。もちろん、考えてるだけで気がついたら40代になってる可能性はあるかもしれないけど。とりあえずは20代は1人でいたい。30代になったら急に考えが変わるかもしれないが、20代は自由でいたいのだ。まだね。

でも同い年の友だちは結婚してる人がさすがに増えてきたよ。ちょっと前まで僕と同じで子どもだった友だちも、ここ数年で大人の階段を登ってしまった。めでたいけれども、さみしくもある。